2015年3月31日火曜日

イメージショッピング



 テレビで見た調理器具が便利そうで、旨そうに料理ができるのに惹かれた。そう高くもないので、買ってみようかと思った。
 ネット時代なので、器具名を打ち込んで評判を調べてみる。
 おおむね好評のようだが、テレビの宣伝番組では触れられるはずのない不都合もいくつかわかった。
インターネットはこんなところで絶大な威力を発揮する。
けっきょく、買うのはやめた。
買えば、たぶん便利には違いない。焼き魚も煙なしで最適に出来、スペアリブのグリルもローストビーフも手軽においしくできる。焼き野菜もフライパンより早くおいしくできる。フライパンや鍋などでできるとはいえ、それらの料理が、もっと早く、おいしくできるとなれば魅力ではある。
しかし、もっと遅く、もっと面倒で、もっとおいしくなくても、家にあるフライパンや鍋でそれらはできる。
しかも、この調理器具を買わないことでこそ、実現できることもある。
それはどんなことか。
なにより、すでに持っているフライパンや鍋をフルに使い続けることができる。買おうかと迷った新たな器具は、直径30センチほどあるらしいが、それを置くべきスペースを確保する必要もない。いっしょに付いてくる料理解説書を見る手間が省ける。それを台所のどこかに置く気づかいも省ける…
とにかく、広くもない家の中にまた新たなモノが闖入し、何十立方センチメートルだかの場所を、今後何年にもわたって占領されるということがないはずなのだ。
やはり、買わないほうがよい。こんなところで合理的ぶる必要もないが、みごとに合理的な選択である。
この調理器具の話はこれで終了となったが、思いもしない成果がころがり出た。調理器具を買ったと想定して、置き場所をあれこれ考えてみた際、台所にある不要なコーヒーメーカーやエスプレッソマシンをどかすのを思い描いてみて、気づいたのだ。
なんだ、もう手放してもいいじゃないか!
どこの家でも同じような運命を辿るものらしいが、数回使って、後は箱に入れてきれいにしまってあるコーヒーメーカーがある。少なく数えても、18年は使っていない。長めに数えてみると、23年ほど使っていないのではないか。
エスプレッソマシンのほうも同様。これは妻のもので、エスプレッソだけでなく、ミルクを熱く泡立てて出すこともできる。なかなか高級な製品らしい。一時期は朝のしゃれた風物詩だったそうだが、ミルク噴射部が壊れてからはお蔵入りとなった。コーヒーは作れるものの、泡立った熱いミルクが目的で買ったので、その後13年間、出番がない。
家でコーヒーを飲まないわけではない。
むしろ、かなり飲むほうだが、コーヒーサーバーにドリッパーを乗せて、コーヒー専用のドリップポットで沸かした湯をちょろちょろ注いで作ることにしている。コーヒーメーカーより湯量の調節が容易で、よほど旨くできる。このやり方も一日にして成ったわけではなく、コーヒーメーカーに満足できず、あれこれ試した末、ある日、勇を鼓してドリップポットを買ってみて以来の習慣である。歴史がある。
近所に中古品売買のなんでも屋があるので、今度という今度はコーヒーメーカーとエスプレッソマシンを引き取ってもらいに行こうと決めた。
ふたつを放出すれば、60立方センチメートルほどの空間が生まれるはずで、想像するだけでも清々しい。
テレビで見た調理器具のおかげがヒョンなところに出たかたちだが、買ってみようかな、とムダな想像をしてみたおかげでもある。
イメージショッピング、とでも呼んだらいいか。
なにかを買えば、質量も嵩もあるモノであるだけ、玉突きのように、モノで溢れた家じゅうに影響が波及する。買ったと想定してみるだけで、忘れていた不要物がヒョイと転がり出て行ってくれたりするのなら、たびたびやってみるに限る。